「ヨハネスブルグのホームレス達」(南アフリカ・レポートその1)

アパルトヘイト撤廃後、歴史に残る初の全人種混合選挙によりネルソン・マンデラをリーダーとした新生南アフリカが誕生したのは1994年。それから8年の歳月が流れた現在、南アの人々の生活は果たしてどう変わったのだろうか。それをこの眼で確かめるために、僕は1992年、94年に引き続き、今回3度目となるこの国の土を踏んだ。その取材報告を今月から4回にわたって報告したいと思う。

「仲間が死んだ・・・どうしたらいいかわからない」 ヨハネスブルグの中心部、ヒルブロウ地区を見回っていた僕らに一人の少年が助けを求めてきた。この日僕は、増え続けるホームレスの問題を取材するために、地元のソーシャル・ワーカーと一緒にダウンタウンのパトロールに出ていたのだ。年の頃十代半ばであろうか、泥と埃で汚れたジャケットを身につけたサイモンというこの少年は、興奮する様子もなく淡々とソーシャル・ワーカーに状況を話している。今朝早く彼等が寝床にしている空き地で、突然仲間の一人が痙攣を起こし息を引き取った。遺体をどうすればよいかわからないので僕らに来てほしいという。

サイモンについて彼等の寝床にいくと、一人の若者の遺体が土の上に横たわっていた。仰向けになったその身体には、ところどころに落葉がはりつき、色のくすんだ毛布が被せられている。ソーシャルワーカーは、栄養失調で弱った身体にシンナーの吸い過ぎが原因だろうと推測した。 「

「何しに来たんだ。ノー・フォト! ノ-・フォト!(写 真はダメだ!)」 空き地にたむろしていた6、7人の若者達のうち一人が、僕の持っていたカメラに反応して態度をこわばらせた。リーダー格なのか、グループの中では一番の年長者のようだ。名前を尋ねると、彼は面倒臭そうにただ「ソリー」とだけ答えた。僕は選挙後の南アの変化を取材に来たこと、その中でもホームレスの問題は重要な焦点になっていることなど、ここに来た理由を丁寧に説明するが、ソリーの納得は得られない。彼は吐き捨てるように捲し立てた。

「今まで、国内からも海外からも、多勢のジャーナリストがやってきた。奴らはみんな、この悲惨な現状を報道することが状況の改善につながるんだ、なんてうそぶいて、俺達にインタビューしたり、写真をパチパチ撮っていく。だけどどうだ、何年たったって俺達には仕事はないし住む家もない。何も変わらないじゃないか」

ソリーは続けた。お前らは俺達の写真を売って金を儲けている。俺達を利用しているだけなのさ・・・」

彼のいうことは尤もだった。正直痛いところをつかれ僕は内心戸惑った。しかしここで引き下がっては仕事にならない。

「僕は百万長者ではないから、君ら一人一人を金銭的に救うことなど到底できない。 僕だって状況が良くなってくれればいいと心底願っているが、写 \真家には写真を撮ることしかそのための手段がないんだ・・・」

更に僕は、自腹を切ってこの取材をしていること、金もうけが目的でないことも付け加えた。ソリーの顔からはまだ猜疑の様子は拭いきれないが、何とかこの場は押し切って撮影の了解を得ることができた。しかし彼が実際に心を開いて僕に話してくれるようになるまでには、この後1週間程ここに通い詰めなくてはならなかった。

現在ヨハネスバーグ近郊にはソリーのような若いホームレスに加え、18歳以下のストリート・チルドレン達がおよそ2千人いるといわれている。彼等は身を守るために徒党を組むことが多く、教会やシェルターによる食料配給の情報交換をしたり、夜間路上で眠る時も安全のために仲間同士身を寄せあう。生き延びるためにお互い助け合っていかなくてはならないのだ。彼等は買物客のパーキングを手伝ったり、洗車または信号待ちするドライバーに物乞いをして小銭を得るが、その日の食料にさえ事欠く状況のなか、貧困に耐えきれずに犯罪に手を染める者も少なくない。

アパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃後、移動や居住地選択の自由を手にいれた黒人達は仕事を求め続々と都市部に流れ込んできた。しかし低迷し続けている経済のもと、仕事にありつける訳もなく、結果的に都市部の貧困層が爆発的に増大することになった。これが犯罪助長の主原因ともなり、アパルトヘイト時代に経済の首都として栄えたヨハネスブルグも、現在ではあらゆる犯罪が蔓延し、「世界で一番危険な都市」の烙印をおされるまでに衰退してしまったのだ。

ソリーが初めて僕に会った時にぶつけてきたような怒り、これはジャーナリストに対するのみでなく、政府や家庭など、彼等を置き去りにした社会に対して、 ホームレスの若者達全体に鬱積している不満のあらわれだ。若い身体は働くことを欲しているのに、就職口はみつからない。悲惨な生活を脱出しようとしても、 彼等にはそのための糸口が見出せないのだ。アパルトヘイトは終焉し、人々の期待を担って初の黒人政権は誕生した。しかしそれから8年がたっても、社会の底辺を生きるソリー達の生活は何一つ変わらない。それどころか、彼等のような貧困層はさらに苦しい状況に追い込まれているのが現状だ。現在も増え続けるヨハネスバーグへの流民達に対し、政府はなんら効果的な対策をたてることもできず、問題解決への手立てを失ってしまったかのようにみえる。