「増え続けるエイズ人口」 (南アフリカ・レポートその2)
ある農家の離れの小屋の中、広さにして3畳にも満たないような狭い部屋に置かれたベッドに一人の女性がじっと横たわっている。さらけ出された腕はまるで飢餓難民を思わせるように痩せ細り、肩から胸にかけては鎖骨が皮一枚を隔ててくっきりを浮かび上がってみえる。一緒にいた看護婦の一人が手助けをして彼女をベッドに座らせようとするが、息が苦しそうで、ぜいぜいという大きな呼吸音が部屋に響く。彼女の名前はノンナムラさん、まだ光沢のある綺麗な肌や、幼く見える顔だちから随分若いように思われたが、30歳であるという。すでに末期的症状をみせはじめているエイズ患者だ。
南アで最もエイズ人口が多いナタール州。ここでは実に3人に1人がHIVに感染しているといわれている。僕はここで、農村部を中心にエイズ患者のホームケアを行う看護婦のグループに同行して取材をおこなっていた。英語を解さないノンナムラさんに、ズールー語で看護婦の一人が僕のために撮影許可を尋ねてくれた。はじめは写真を撮られることを嫌がっていたが、しばらく悩んだ末に彼女は了解してくれたようだ。診察を受けるノンナムラさんを、角度を変えながら何枚か撮っていると、彼女は苦しそうな呼吸の合間を縫って、絞り出すような声で訴えてきた。
「卵が食べたい・・・」 被写体になる代償を、ということなのだろう。彼女のために他には何もしてあげることのできない僕は、それくらいならお安い御用と撮影後近くのマーケットから卵を2ダース程買ってきて彼女に渡した。すると喜んだ彼女はさらにこう言ってきた。「
もっと私の写真をとってもいいわよ。でも今度はパンが欲しい。。。」 僕は一瞬戸惑った。彼女は今エイズに犯された自身の肉体をレンズの前に晒すことと引き換えに報酬を求めている。彼女はたった一つ利用することのできるもの、すなわち病に犯された自身の身体を使っていわばビジネスをしようとしているのだ。しかし僕は写真をほぼ撮り終わっていたし、次の患者を訪ねなくてはならない看護婦達をこれ以上待たせる訳にもいかない。僕はただポケットから10ランド札をとりだして彼女に渡した。パンの3ローフは十分に買える金額である。両手をだして有り難そうにこの一枚の紙幣を受け取った彼女の、心底嬉しそうな表情をみて、僕は非常に複雑な思いにかられた。
10ランドといえば僕にとっては僅か1ドル相当の金額である。貧しい農村部の生活に加え、不治の病に犯され働くことのできなくなった身体。今の彼女にとっては、本来なら他人に一番見せたくないであろう、この哀れな肉体をレンズの前に曝け出すことによってしか生活の糧をえることができないのだ。ここにあるのは、貧困の中に生き伸びようとする一人のエイズ患者の現実だった。
前述したように、ここナタール州では3人に1人がHIVに感染しているという統計がでているが、南ア全体をみると、その割合は9~10人に1人となる。HIV感染者は総人口にして400万人以上。南アフリカは世界でもっとも多くのエイズ患者をかかえている国ということになる。 なぜこれ程までにエイズが蔓延してしまったのか。原因はそう単純ではない。経済、教育、文化的要因が複雑にからみ合っているためだ。直接的にはやはり、性教育不足によるエイズに対する知識の欠如が原因であろう。しかし一般的に貧困度が高まるほど正しい性教育を受ける機会は減っていくため、結果的に貧困層にHIV感染者が集中することになる。すなわち、エイズの増加には経済的要因が関係しているともいえるのだ。
更に伝統的社会において立場の弱い多くのアフリカ人女性達は、たとえ自分達にエイズに関する知識があっても、夫やボーイフレンドがコンドームの使用を拒めば、それに対しきっぱりと性交渉を拒否することができない。そんなことをいえば、虐待などの暴力にさらされることになるからだ。このような男性上位 の文化的要因も、エイズ増加の一端を担ってきたといえるだろう。
そのような状況の中、抗HIV剤ネバロピン(この薬は母親から胎児へのHIV感染を押さえる作用がある)を開発したドイツの製薬会社が、南アに対して5年間の無償供給を提案したが、南アのムベキ大統領は、エイズが本当にHIVによって引き起こされるのかその関係が明白でない、として製薬会社の申し出を受け入れなかった。この決定に反発したエイズ団体は政府を相手取り訴訟をおこし、今年7月大統領の決定を覆す判決により、エイズ患者にネバロピンの供給が認められるようになった。しかし国内の多くの医療施設では、まだその技術や設備が整っておらず、薬の恩恵を被ることができる患者の数は非常に限られているのが現状だ。
増え続ける南アのエイズ患者達。この状況が決定的に改善されるのには、経済回復、教育推進のための長い時間が必要だろう。それまでにいったい何千、何万の犠牲者が出るのだろうか。同行した黒人看護婦の一人が僕にいった言葉を思い出す。移動中のバンの中で、彼女はこの現状に疲れたかのようにこういっていた。
「毎週のように患者の誰かが死んでいく。きりがないし、もう悲しいなどという気持ちもなくなってしまった。。。あなた、私をアメリカに一緒に連れて帰ってくれない?」
