「新たに生まれた貧困層」 (南アフリカ・レポートその3)

「アンクル(伯父さん)、アンクル!!僕の写真をとってよ!」

15人程の子供達が一団となって僕のあとを追い掛けてくる。ここに来るのも今日で3度目。初めて訪れた時は少し警戒気味だった子供達も、今ではこの異国から来た珍しい東洋人にすっかり慣れたしまったようで、レンズの前に出てきては写真をせがんでくる。可愛い奴らなのだが、何か被写体の自然な姿を撮ろうとするとすかさずフレームの中に入ってきてはポーズをとるので、こちらとしては全然仕事がはかどらない。

ここはマンガ-・ミッション・ケアーズ、ヨハネスブルグの北東、車で45分ほどのブレントウッド・パークという街にあるホームレス・シェルターである。ここには現在、仕事を失い路頭に迷った労働者やその家族およそ200人が生活しているが、そのすべては白人だ。無邪気に僕のあとをついてくるこの子達もみな、当然のことながらホームレス家庭の子供達である。

「もう1年以上も定職についてないよ・・・ここに来たのは3ヶ月くらい前だけど、今はこのシェルターで芝を刈ったり、建物のメインテナンスをしたりして生活してる」

日焼けと土埃で赤黒く染まった額から流れる汗を拭いながら、住人の一人、32歳のアンドレが言った。プレハブ内の彼の部屋におかれた一つのベッドに、5人の子供達が横たわり昼寝をしている。この4畳半にも満たない小さな部屋に彼の妻と子供達一家7人が生活しているという。

「もともとは大工なんだけれど、1995年頃から状況が悪くなっていって、どこも雇ってくれないようになったんだ」

アパルトヘイト終焉後、新政権の打ち出した黒人雇用優遇政策、特にその二本の柱となるアファーマティブ・アクションと雇用均等法が、白人の労働状況を大きく変えた。雇用均等法は、企業に従業員の人種比率を定めたゴールを決めさせ、そのゴールに向かっての進展状況を定期的に政府にレポートさせるもので、これによって、政府は2005年までに企業内の人種比が、その土地の人種比とほぼ比例するようになることを期待している。この法律により黒人従業員を増やさなくてはならなくなった多くの企業は、人員調節のため白人労働者に早期退職を促さざるを得なくなった。しかしその勧めを受け入れた者の中から、退職金が底をつく前に自立または次の就職先を見つけることができたのはわずか20パーセント。他の多くの白人労働者達は、退職金を使い果たすと同時に路頭に迷うことになってしまったのである。

現在、南アの白人人口およそ450万のうちの12パーセント、すなわち54万人もの白人が失業中であるという。白人の間でも、貧困層がぐっと増えて、富めるものと貧しいものとの格差が広がった。反対にまだまだ絶対数は少ないとはいえ、企業で重要な役職についたり、経済界で成功する黒人層もあらわれてきた。これは今まで黒人対白人という図式であったものが、人種に関係なく経済的格差がついてきていることを示している。(ただ、依然として貧困層の大部分を占めるのは黒人で、その貧困レベルも白人のそれと比べ遥かに劣悪である、ということを強調しておきたい)

アンドレと同様、ホームレスとなってマンガ-・ミッション・ケアーズにきた35歳のペンキ職人ヨハンは、いかに仕事を探すのが難しいかを話してくれた。

「いろんな街に行って仕事を探した。ひどいところでは、白人だってことで、面接さえ受けさせてもらえないところもあった。まるで、リバース(逆)アパルトヘイトだね・・・」

逆アパルトヘイトだ、と彼はジョークまじりで語ったが、心中では本気でそう思っているのではないだろうか。

このような経済的問題に加え、犯罪率の増加などの不安要因が重なって、南アを脱出する白人が年々増加しているという。2000年には13万4000人もの白人が母国の南アを去ったという統計がでているが、国外へ出る余裕のある人達はまだ幸せだろう。アンドレやヨハンのようなシェルターの住人達は、国外へ出るどころか、その日の食ぶちにも事欠いているのだから。 ただ意外にも、アンドレやヨハンをはじめ、僕の出会った多くのシェルターの住人達は必ずしも絶望的にはなっていなかった。

「この先5年後にはどんな状況になっていると思う?」僕がみなに投げかけた質問に対して、彼等の多くはこう言ったのだ。

「きっと良くなるさ。そう信じてなきゃやっていけない。I can't lose the hope(希望を捨てたらそこで終わりだ)」

その言葉が何に裏付けされたものかはわからない。恐らくは単なる彼等の願望に過ぎないのであろうかとも思う。彼等より劣悪な生活をしている黒人達が、遥かに多く存在しているしている以上、政府は貧困白人の問題は後回しにせざるを得ないからだ。それでも、こんな状況のなかでも前向きに生きようとする彼等の姿勢は僕の心を幾分かでも軽くしてくれたことは確かだった。