「先住民と民主主義」
「What do we want? (俺達は何を求めているんだ?)」「Freedom! (自由だ!)」「When do we want? (いつ欲しいんだ?)」「Now!(今だ!)」
メキシコの先住民族、アズテックのダンスグループのリーダーであるパズテルが野太い声を張りあげると、それに受け答える参加者達の声が一面 に響き渡る。まだ11月の終わりだというのに、気温は氷点下。口から吐き出された息もとたんに凍り付いてしまいそうな冷気が肌を刺す。防寒着と手袋で完全武装(!?)しながら写真を撮っている僕をまるであざけ笑うかのように、パズテルは民族衣装のうすい腰巻きや首飾りをつけただけのほぼ裸に近い状態で太鼓のリズムに合わせ飛び回っている。見た限りでは50歳は下らないだろう、60代かも知れない。いずれにしても、「まだまだ若いもんには負けんぞ」とでもいわんばかりの激しいステップで踊る彼の身体にはエネルギーが迸っている。
11月の第4木曜日にあたる今日はサンクスギビング・デー。もともとはヨーロッパからの入植者(ピルグリム)達が、収穫を祝い神に感謝する習わしとして始めたものだが、現在では元来の意味は薄れ、家族が一同に集まり七面鳥の御馳走を食べながら共に時を過す、アメリカ人にとってはクリスマスと並んで主要な祝日の一つとなった。マサチューセッツ州のプリマスは北米で最も古い入植地の一つであるが、ここにメイフラワー号に乗ったイギリス人達が上陸したのが1620年。その翌年に最初のサンクスギビングが行われたとの記録が残っている。
しかしヨーロッパ人のアメリカ大陸への入植とは、もともとこの土地で生活していた先住民のネイティブ・インディアン達にとって、まさに彼等に対する虐殺と略奪の歴史の幕開けを意味するものであった。メイフラワー号の上陸以来、先住民は入植達に虐殺され、土地を略奪されてきたことは承知の通りだが、21世紀を迎えた現在でさえも彼等に対する差別は根強く残っている。 1970年、プリマス市の主催するサンクスギビング・ディナーに招待されたワンパノグ族のリーダー、フランク・ジェームスが彼の準備したスピーチを行うことを禁止されたことをきっかけに、以来彼等ネイティブ・インディアン達はこの日に抗議集会を開くようになった。虐殺された祖先を偲び、また現在も続く人種差別と闘うために「追悼の日」と名付けられたこの集会も今年で第33回目。パズテルをはじめ、州外や国外からも先住民、支援者も含めておよそ150人が参加した。毎年この日は、ピルグリム側も入植当時に命を落としていった先祖達を偲んでささやかなパレードを行うが、5年程前にはネイティブ・インディアンのグループがそのパレードを強引に阻止しようとして逮捕者をだすという事件も起こっている。しかしここ数年は、ダンスや音楽を交えながら「追悼の日」集会は平和的に行われている。
この集会を撮影しながら、僕は北海道のアイヌ民族のことを考えていた。一昨年ボストン郊外で行われたネイティブ・インディアンの集会に参加したアイヌのグループを撮る機会があり、彼等がその時に語っていたことを思い出したのだ。 「ネイティブ・インディアンもアイヌも、入植者達によって虐げられてきたという同じ歴史を持ちます。しかしアイヌはその文化を継承するものも激減し、今や存続の危機に晒されているのです」
民族としての権利をはく奪され、挙げ句にその存在自体さえも抹殺されつつあるといった意味では、アメリカのネイティブ・インディアン達よりもアイヌの置かれた状況は遥かに危機的であろう。昨年7月に、自民党の鈴木宗男代議士(そう、あの収賄の“ムネオ”だ)の以下のような発言がアイヌ社会からの大きな批判を呼んだ。
「(日本は)一国家、一言語、一民族といっていい。北海道にはアイヌ民族がおりますが、今はまったく同化されておりますから」
更に時を同じくして、平沼経済産業相も「日本は単一民族である」旨の発言をし非難を浴びた。異民族の存在を真っ向から否定し、侮辱するような発言が、政府の要職につく公人の口から発せられることに日本の民度の低さが表れているではないか。しかし責められるのはこのような頭の悪い公人ばかりではない。僕を含めた一般日本人たちにしても、果たして彼等アイヌのことをどのくらい知っているのだろうか?
