イラク侵攻米軍同行レポートその3

「バグダットの陥落」

大通りの角を曲がったところで、眼の前に飛び込んできた光景が信じられなかった。500メートル程先であろうか、片手を空にかざした銅像がそびえ立ち、その下に犇めく群衆の頭が見える。それがサダム・フセインの銅像であることは容易に察しがついたが、まさかこんなにも早くこのような状況に遭遇するとは夢にも思っていなかった。乗っていた4輪駆動のトラックがスピードを上げていく。 見る見る近付いてくるフセインの銅像を見ながら、僕の心は昂っていった。背筋に旋律がはしる、とでも言おうか、一瞬言いようのない感慨に襲われた僕は、車から身を乗り出して思わず叫んだ。「This is it!(ついにきたんだ!)」。

誤爆で2人を失ったディヤラ橋での攻防の翌日、海兵隊は家を一軒一軒しらみつぶしにあたるようにパトロールを続けながら、バグダット中心部へと向かって進んでいった。市民の大半はすでに避難してしまっているのだが、隠れているイラク軍兵士や、残された兵器弾薬を探しているのだ。ほとんどの住人達が、当然のことながら避難する前に門や家の入り口にしっかりと鍵をかけていっているので、米兵達は錠切りを使い鍵をこじ開け、ドアを蹴破り、更には窓ガラスを割って民家に押し入っていった。市民達はもともと家具など少ない質素な生活をしているが、貧しいながらも小奇麗に整理された居間やキッチンの床に、破壊された扉の木片やガラスの破片が次々に飛び散っていく。兵士達は何もないことが確認されると破壊したものを置き去りにして隣の家へと探索を続けていった。「なにもここまでやらなくても・・・」無惨にも分断されたドアや、引き裂かれたカーテンを見て、僕はやるせない思いを押さえきれなかった。戦闘が終わり住民達が戻ってきた時、こんなに滅茶苦茶になった自分達の家をみて彼等は一体どう思うだろう。彼等のほとんどは罪のない一般 市民達のはずだ。これが戦争なんだ、そう割り切ってしまえば、こんな器物破損程度のことなどとるに値しないことなのかも知れない。しかしささやかに生活をしていた市民達にとっては、大変な経済的、精神的な打撃になるに違いない。兵士でも政府の役人でもない一般 市民達に対するこの破壊行為に、僕はどうしても納得することができなかった。

避難するあてのないいくらかの住人達は、戦火のなかで身を潜めながら家に留まっていた。ある家の玄関先でイラク人の男数人を見つけた歩兵達は、銃を向け、即座に家を立ち退くよう命令した。

「どこへ行けばいいんだ?」

行くあてもない彼等の懇願に耳を傾けることもなく、米兵達は声を張り上げ命令を繰り返す。すると男達に続いて、赤ん坊を抱いた若い女性や、老婆、数人の子供達がぞろぞろと家から出てきたではないか。家族揃って家の中に身を隠していたのだろう。訳も分からず家を追い出され、恐怖に満ちた女性達の眼からは涙が溢れ出していた。

翌日も歩兵隊はパトロールをしながら市街を北上していった。ニューズウィークのゲリーと僕が同行していたキロ歩兵中隊は、予想されていたイラク軍からの抵抗には全く遭遇せず速いペースで前進していったが、それでも不意打ちをくらう恐れも十分にあったので油断はできなかった。2時間ほどパトロールを続けただろうか、中隊がロータリーに差し掛かったところで、AP通 信のカメラマン、ロランから連絡が入った。彼の同行していたインディア歩兵中隊がバグダット中心広場に侵攻したという。そこは既にバグダット入りしていたジャーナリスト達の多くが滞在していたパレスチナ・ホテルのある場所だった。僕らも車に飛び乗り、地元住民に道を尋ねながら急いで広場に向かう。インディア中隊がパトロールをしていた地区ならば、それほど離れてはいないはずだ。5分ほど走り、大通 りにはいったところで眼に飛び込んできたのが、初めて見るフセインの銅像だった・・・。

市民達は、フセインの銅像の首の部分に掛けられたロープを使ってよじ登り、それを引き倒す準備をしているところだった。像の土台の部分では、男達がハンマーを振りかざして歓声を上げている。まるで今まで押さえつけられてきた欲求を爆発させるがごとく、一打一打、満身の力を込めてハンマーはフセインの像に打ち付けられていった。こんなことが小1時間ほども続いた頃、一体彼等はどうやってこの像を倒すつもりなのだろうか、と僕は少々不安になってきた。この調子で像をハンマーで叩いていたら、これが倒れるまで3日位 かかりそうに思われたのだ。すると突然海兵隊の車両が車輪を軋ませながらフセイン像の目の前に乗り上げてきた。戦車の牽引用車両だった。

ついにフセイン像は土埃をあげて地面 に崩れ落ちた。しかしその瞬間は、イラク市民の手によってではなく、米軍の牽引車によってもたらされたのだった・・・。

この日の写真送稿を終え、興奮が冷めるや否や、何か気の抜けたような気持ちになってしまった。勿論これで何も終わったわけではないことは頭の中では理解していた。まだ戦闘は続いていたし、仮にこれで戦争が終結したとしても、イラクの再建という、戦いよりも更に重要なストーリーはまさにこれから始まるところであった。しかし肉体的挑戦の連続だった20日間を越える砂漠での行軍に終止符が打たれた、という安堵感と、あまりにあっけなく訪れたこのフセイン像の崩壊が、今まで張りつめていた僕の緊張の糸をぷつりと切ってしまったことは確かだった。

この夜、知り合いのカメラマンの好意で彼のホテルの部屋に転がり込むことのできた僕は 、4週間ぶりにベッドに身体を横たえた。