「リベリア ー 果てしなく続く内戦」

ドーン、ドーン」81ミリの砲弾が着弾するたび、腹に響いてくるような破裂音があがる。「これは大分近くに落ちてるぞ!」僕は同宿のカメラマンQさんと共に防弾ベストを身に付け急いで外に飛び出した。通 りでは市民達が身を低くし一目散に建物の中に駆け込んでいくが、それでも100パーセント安全な場所などは存在しない。建物の中にいれば爆風と共に飛んで来る砲弾の破片の直撃を受けずに済むというだけのことだ。 首都モンロビアの中心部からすでに数キロという距離まで迫ってきた反政府軍リベリア和解民主連合(LURD)によって毎日のように打ち込まれるロケット弾と銃弾によって、死者の数は増えていく一方だった。

砲弾はどうやら近くの難民キャンプにも直撃したらしい。グレイストンと呼ばれるそのキャンプは、増え続ける国内難民達を収容するためにアメリカ大使館の敷地内に設置されたものだ。キャンプへと続く坂道を登って行くと、怪我人を抱えた人々が次々と走ってくる。足から血を流している男の子、血相を変えた母親に抱きかかえられた赤ん坊など、負傷者の中には子供達も少なくない。走りながら僕らはその様子をカメラに収めていくが、その僕らに向かって、まわりにいる市民達から罵声が浴びせられた。
「なんで写真なんか撮ってるんだ!こんなに苦しんでるのに・・・一体米軍はいつ来るんだ!」

国土の狭い国々の密集する西アフリカに位 置するリベリア共和国。人口320万足らずのこの小国では15年にも渡り内戦が続けられていた。1822年にアメリカから解放された黒人奴隷達の入植によって作られたこの国は、その後1847年に独立建国し、アフリカ大陸で最初の黒人共和国となった。創立のいきさつから見ても分かるように、リベリアの歴史はアメリカと深く結びついている。首都モンロビアのアメリカ大使館はアフリカ大陸の中で最も規模の大きなものだし、ここに設置されたCIAの衛星モニター基地は冷戦中対ソ戦略の重要な役割を果 たした。またアメリカのラジオ番組「ボイス・オブ・アメリカ」は、ここモンロビアの局からアフリカ大陸全土に向けて放送されたのだった。この国に深く根を下ろしているアメリカに対して、大部分のリベリア人達はアメリカを自分達の良き兄貴分だと思っている。

僕が入国したのは7月始め。長年続く内戦に、国民達は疲れ切っていた。戦乱の続く他のアフリカの国々同様、所詮は私腹を肥やすための利権争いに過ぎないのだが、89年以来続けられているこの武力抗争による犠牲者は25万人にのぼると言われている。多くのリベリア人達は、完全に内戦を終わらせ、平和を維持するためにはアメリカの力が必要だと考えている。政府軍も反政府軍も、兄貴分のアメリカに対しては一目置かざるを得ないからだ。しかし悲嘆にくれるリベリア市民達の強い要請にも関わらず、ブッシュ大統領は介入に消極的で、平和維持のために派兵するとは言いながら、具体的な決定が何もないまますでに数週間が過ぎようとしていた。イラク問題に加え、第二のソマリアになることを恐れていることもあるだろうが、石油資源がある訳でもないリベリアに介入したところでアメリカにとって直接の利益にはならないというのが本音だろう。リベリア人達が兄貴と慕っている程には、アメリカはリベリアのことを身内のようには考えていないのだ。

そんな状況の中でこの日の砲撃が起こった。砲弾3発の直撃をくらったグレイストン難民キャンプでは20人以上が、モンロビア全域では100人を超える市民があらたな犠牲者となった。そしてついにこの日、鬱積した市民達のフラストレーションが爆発した。一体、また一体と手押し車にのせられた犠牲者の遺体が次々にアメリカ大使館前に積み上げられたのだ。胴体のちぎれたものや、頭の吹き飛んだ女子供の遺体も混ざっている。地面 にべっとりと流れ出た血は乾く間もなく輝き、それはもう地獄絵のごとき光景であった。

「これを見ろ!一体何人の人間が殺されなくてはならないんだ。早く派兵してくれ!」並べられた死体を前に、市民達は大使館に向かって叫びはじめた。一人の男がメッセージの書かれた段ボール紙を掲げ、大使館の窓に向かってそれを突き出している。そこにはこうなぐり書きしてあった。「ブッシュがリベリアを殺している!」仲介に入ると口約束をしておきながら一向に兵を送らないアメリカに対する難民達の精一杯の抗議行動だった。更に彼等のフラストレーションは僕ら外国からの報道者達にも向けられ始めていたようだ。いくら外国のメディアが入ってきて報道しても、平和維持軍は来ないし、戦いが止むことはない・・・キャンプに来る途中で僕らに浴びせられた罵声も、彼等のそんなやり場のない怒りの表れだったのだ。(続く)