「サラリーマン・フォトグラファーのぼやき」
シカゴ・トリビューン紙に移籍が決まり、住み慣れたボストンを離れてシカゴに越してきた。早いものでアメリカに来てからすでに14年、それまでずっとボストンで過ごしてきた僕にとって、初めての州をこえての引っ越しになった。
14時間の長い道のりの末ようやくシカゴにたどり着き、6月半ばには新しい職場での仕事がはじまった。 僕が8年間勤務したボストン・ヘラルド紙を辞めようと思ったのは、そこで自分が撮りたいものが十分に撮れなくなってきた、という理由からだった。予算の問題もそうだが、発行者の意向も年をおうごとに変わっていき、昨年のイラク戦争取材を境に、ヘラルド紙では僕の一番の興味である紛争取材がほとんどできなくなってしまったのだ。今年こそはもっと規模が大きく、国際情勢に力をいれてカバーしている新聞社に移りたいと考えていたときに、去年から打診していたトリビューン紙との話がまとまった。
新しい職場と人々との出会い。。。刺激的な環境のなかやる気満々で仕事を始めた僕に、写 真部の上司から早速イラク行きの話がやってきた。待ってましたとばかりに了解した僕であったが、その後1週間経っても具体的な話がでてこない。どうやら社の上層部連中が、イラクで頻繁におこる誘拐、人質事件に恐れをなして、社員を送ることを渋っているようなのだ。 「そんな馬鹿な。。。僕らはジャーナリスト、危険なところへいくのも商売のうちではないか!」 これが古巣のヘラルドだったら文句のひとつもいえたところだが、入社1週間足らずの僕はそんなことなどとてもいえた立場ではない。そうこうしているうち時間は経っていき、結局ずるずると今回のイラク行きは立ち消えになってしまった。悲しいかな、所詮は僕もサラリーマン・フォトグラファー、僕の意思より社命が優先されるのは宿命なのだ。しかし国際情勢に強いトリビューンほどの新聞社でもこんなことがおこることに、僕はかなりのショックをうけた。
ヘラルドのように、「予算がないから」とか「興味がないから」という理由で取材に行かせてくれないのならまだしも、「危険だから行かない。。。」などというのは僕らジャーナリストにとってはどうにも納得しかねる理由だ。僕らは旅行者でも政府の役人でもないし、その任務には当然、戦争や内乱など危険を伴う取材も含まれている。それなのに、会社自体がそれを「危険だから。。。」という理由で許可をださないのはどういうことか。。。僕は憤然とした気持ちになったのだった。
数ヶ月前イラクで人質になったり、殺害された日本人ジャーナリスト達はみな、フリーランサー達であった。会社に属さない彼らにとっては、戦地に行く行かないはすべて自分次第だ。僕は彼らが人質になったとき、彼らをバッシングする日本の世論に我慢ができなくなって、自分のメーリングリストで意見を配信したことがある。彼らに対するあんなおかしな意味での「自己責任」を追求するのはあまりにも理不尽に思われたからだ。追求しなければいけないのは彼らの責任ではなく、全く必要ない自衛隊を派遣してイラクと日本の関係を台無しにした「小泉総理の責任」だろう、と。
アメリカに住んでいると、なかなか日本社会の空気、というものを肌で感じることができないのだが、逆に外から冷静な眼でみている分、物事がはっきりと見えることもある。当時の人質バッシングの集団心理はまさに異常だったと思う。どうも日本では、その時々の一時的感情でばかり世論が動いているようで、事件の本質を見定めたり、現実を正確に把握して分析することを怠りがちになっているのではないだろうか。 これは情報を発信するメディアの責任が大きいだろう。テレビにしても新聞にしても、ワイドショー的に視聴者の興味を煽るばかりで、物事の本質を突き詰めて考えていくメディアが少なすぎるのだ。たとえ良心的な個人がいたとしても、会社に属していれば、その方針にそむいてまで自己を貫き通 すことなどできはしない。僕を含めて、所詮は社畜にすぎないのだ。
そんな状況の中であればこそなおさら、独立したフリーランスのジャーナリスト達の存在は重要になってくるはずだ。昨春のバクダッドからのイラク報道も、日本の大手メディアの社員がすべて社命によって撤退していたなか、自身の意思で戦地に赴いたフリーランサー達が危険にさらされながらも、日本のお茶の間にニュースを伝え続けていたのだ。そういうことを考えたなら、人質になった彼らへの「自己責任」論バッシングが、いかに的外れなことであったかわかると思う。
一般人はともかく、自分の意志だけで行動できない「社畜」ジャーナリスト達に、人質となったフリーランス達を非難する権利などこれっぽっちもないはずだ。 こんなことを考えながら、会社の意向でイラク行きを断念せざるをえなくなった「社畜」フォトグラファ-の僕は、これにもくじけず密かに次のアフリカ取材に向けての準備を続けているのだけれど。。。
