「イラク市民の信頼を勝ち得ない米軍」

(週間金曜日 2004年11月)

「一体私の息子をどこにつれていくの!ここには何もありません!」 早朝3時、突然兵士達に家の中に踏み込まれ息子を逮捕された母親が、なす術もなく泣き叫んでいる。この家に住む男がテロリストの一味であるという情報をもとに、この晩米軍とイラク治安部隊は共同でレイド(強制家宅捜索)をおこなっていた。しかし兵士達が踏み込んだ家は容疑者の男のものではなく、そこには彼の妹と、その息子が住んでいるだけであった。居間や寝室のタンスや引き出し、キッチンの食器棚などはすべて兵士達によってひっくり返され物色されたが、テロリストの証拠になるようなものは何も見つからなかった。彼女の息子は後ろ手に縛られたまま、事情徴収のためにトラックに乗せられ連行されていった。

昨年のバグダッド陥落以来一年半ぶりにイラクに戻ってきたが、治安悪化のために外国人が自由に動き回って取材できる状態ではなくなっていたため、僕は米軍に従軍して取材をおこなっていた。僕が従軍したのは米海兵隊の第24海兵遠征部隊。ノースカロライナ州のキャンプ・ルジューンを基地とするこの部隊からは約2千2百人の兵士が、ユーフラテス川沿いにバグダッドの南およそ20キロから50キロの地域に配置されていた。なかでもラティフィアやムサイブといった街は抵抗勢力の存在が大きいために、海兵隊による頻繁なパトロールやレイド(強制家宅捜査)の頻繁な対象となっていた。

9月下旬から10月あたまにかけての従軍中、僕は6回のレイドを含む13回のパトロールに同行した。レイドは海兵隊のみで行われることは少なく、大体がイラク警察やイラク軍の特殊部隊、またはそれらとは別 に独自に編成されたイラクの治安部隊のメンバーとともにおこなわれる。すべてバグダッド陥落後にあらたに再編成された組織だが、その多くは米軍によってトレーニングを受けている。米軍撤退後の国内の治安を維持していくためにイラクの軍や警察を早急に整備するのは重要な課題であるためだ。

レイドの多くは深夜、早朝におこなわれる。深夜2時にキャンプを出発し、ターゲットとなる容疑者の家に兵士達は勇んで踏み込んでいくのだが、僕が同行した6回のレイドで、実際に容疑者を捕まえたことは一度もなかった。容疑者は数ヶ月前にその家を引っ越していたり、ターゲットとなった家は実はまったく関係のない家であったりと、その情報の信憑性が疑われるケースがほとんどであったようだ。物的証拠にしても、テロ行為をおこなっていることを裏付けるような物は、複数の弾頭の見つかった1件を除いては何も見つからなかった。

とばっちりをうけるのは、間違って踏み込まれる無実の一般 市民達である。ムサイブでおこなわれたレイドでは、4人の女性と少年、それに老人が一人寝ているところを急襲され、彼らはただ訳もわからずあたふたとするばかりであった。喉の病気を患い声を出すことのできない老人が手振りで何やら訴えているのを横目にしながら、兵士達は家中を乱暴に探索するが、何もみつからない。結局この家はテロリストとは何の関係もなかったことが判明するが、さんざん家の中を荒らしたあげくに兵士達からは何一つ謝罪らしき言葉もない。恐らく家族で一緒に寝ていたのだろう、床に布団がきちんと並べて敷いてあったのが、その上を兵士達は何の躊躇もなしに土足で踏みつけて去っていった。

米軍の持つ情報の信憑性の低さはこの部隊に限ったものではないだろう。毎日のようにおこなわれているファルージャでの空爆などで実際に犠牲になっているイラク人達の多くは、実はテロリストとは何の関係もない一般 市民である可能性は高いと思う。報道されるニュースでは単に、「米軍がテロリストをターゲットに空爆をおこない、何人が死亡」としか伝えられないので、死んだり傷ついたりした人間達が本当にテロリストだったかについてはほとんど検証がおこなわれないのだ。

米軍撤退後に予期される内戦を防ぎ、イラク人の手による平和を築くためには、シリアやイランなどからイラク国内にはいりネットワークをつくるイスラム過激派の行動を食い止めることも必要だ。そのために今の米軍にとって大切なのは、イラク一般 市民達の協力である。しかし、間違った情報によるレイドや爆撃によって被害をこうむる無実の人々に対する弁明や謝罪もなく、蛮行を続ける限り、市民達の信頼と協力を得ることはできないだろう。従軍をしながら、米軍ににとっていま最も必要なのは、イラクの人達を同じ人間としての尊厳をもって接することなのではないだろうかと痛切に感じた。