「混乱のハイチ」 (その2)
アリスティッド大統領が国外に脱出し、首都ポルトープランスが混乱に陥ってから数日がたった。間髪をいれずに首都にはいってきた反政府の武装兵達と結託した警察がパトロールを行うことによって、暴動は静まり街は表向き平穏を取り戻しつつあるかのようにみえた。しかし夜ごとに行われる殺戮は止まることがなく、毎日のように市内のどこかしらで死体が路上に投げ出されていた。犠牲者の多くはアリスティッド派と結びついていたギャングや民兵達で、大統領不在となった今、反対勢力や、今まで彼らに恨みをもってきた人たちに報復されて処刑されたと考えられる。
ダウンタウンにある市営病院を訪れた。病室などは他の後進国に比べて極端に劣悪という状態ではないが、肝心の医者がいない。もともと医者の数が少ないところに、政治状況の複雑化そして治安悪化のために、ドクター達が出勤できない状況が続いていた。救急病棟のベッドは患者で溢れているが、彼等を診察するドクターの姿はたったの一人だけである。薬品類も不足しているのは明らかで、患者達はただなす術もなくうつろな表情で横たわっていた。死体安置室の入り口までくると、強烈な死臭が顔を包み込んできて、まともに息ができなくなった。
係員がドアを開けるや否や、僕は眼の前に広がった光景に一瞬言葉を失った。数十、いや百にも及ぶであろう屍が、ゴミ山の如く無造作に積み上げられている。死体「安置室」という言葉などからは程遠い、それは人間の死に対する尊厳など微塵も感じることのできない、無惨な光景だった。
2月のあたまに起こった反政府武装勢力の隆起から4週間程の間に300人以上の犠牲者がでたと言われているが、人口の密集する首都では、遺体の身元が分からなかっったり、または遺族が高額の葬儀費用を払えなかったりで、遺体の多くが死体置き場に置き去りにされたままなのだ。その数は日を追うごとに増えていった。
今回の隆起の裏には、アメリカの思惑が深く絡んでいるといわれている。反政府勢力は、元国家警察部隊長のギ・フィリップをリーダーとする武装集団と、ハイチの経済を牛耳る特権階級の一部にニ分される。アリスティッドは、以前の独裁政権下で利益を独占してきた特権階級と距離をおいたために彼等の反発を買っていたが、この特権階級こそが実は経済的にアメリカと深く結びついている勢力なのだ。ブッシュ政権が発足するとすぐにアメリカは、ハイチに対する援助を凍結し、アリスティッドの政策を困難に陥れた。今回の隆起も、アリスティッドによって解体された軍部の再編を目的とする武装勢力と、ビジネスに都合のいい政府が欲しい特権階級とが、反アリスティッドという共通 の目的を持ち間接的につながり、それをアメリカが裏から支援してきたという見方が妥当だろう。
それを裏付けるかのように、アリスティッド大統領自身は、アメリカによって強制的に国外に連れ去られたとして自らは辞任を認めていない。そのためアリスティッド派の反米感情は高まり、更に大統領の復帰をもとめる街頭デモなど彼等の活動も息を吹き返しはじめた。大統領の国外脱出からちょうど1週間後に行われた反政府派の集会では何者かによる(アリスティッド派の犯行という見方が強い)銃撃が起こり、ジャーナリストを含む5人が死亡、30人以上が負傷した。
アメリカに連れ去られたとするアリスティッドの主張は、恐らく事実であろう。 米海兵隊をはじめ、フランス、カナダなどから平和維持軍が派遣され、現在国内は一応の平穏を保っている。しかしこのように外部からの圧力で無理矢理作り上げられた体制がいつまで続くのかは疑問だ。新たに立ち上げられる政府が、充分に民意をくみとった政策を行わない限り、近い将来また内部からの不満が爆発するのではないだろうか。ハイチが再び、アメリカの自国益主義の、あとの顛末を熟考しない他国への政治介入の犠牲とならないことを願う。
