「忘れられつつあるイラク戦争」
イラクから西アフリカへと続いた2ヶ月半の取材を終えて、3月の終わりにシカゴに帰ってきた。2年前の米軍侵攻以来イラクを訪れるのは3度目になったが、今回も報道者としていろいろと考えさせられることの多い経験となった。
イラク入りしたのは年明けの1月8日。月末に予定されていた選挙の取材が主な目的だ。多発する誘拐、殺害事件のために、ジャーナリスト達、特に外国人報道者にとって、イラクはほとんどまともに報道取材のできる土地ではなくなってしまった、と昨年このコラムにも書いたが、今年になってもその状況はまったく改善されていない。 おまけにトリビューンのような大きな組織のなかで仕事をしていると、会社が危険に敏感になりすぎるあまりにいっそう僕らの行動範囲が狭まることになる。これは昨年の経験で身に染みて感じていたので心配していたのだが、案の定今回の取材でもひどい足かせをかけられることになってしまった。
イラク入りした当初から僕は、選挙当日はバグダッドで撮影をおこなうべきだと考えていた。500万の人口を抱えるイラクの首都であるバグダッドがその日最も重要な土地になることは明らかだったし、投票所での爆破テロが予想されるなか、人々がどれだけこの選挙に勇気を持って挑むかを現場で感じてみたかったからだ。しかし米軍に従軍せずに、独立してバグダッドで撮影するにはそれなりの危険が伴う。現地人カメラマンと違って、僕のような外国人はどこにいても目立つし、さらにカメラを持って撮影していればそれはもう絶望的に人目をひいてしまうためにターゲットになる恐れが非常に高くなる。それでも僕なりに考え、選挙当日にある程度は写 真が撮れるとの確信はあった。しかしバグダッド支局長はおろか、ドライバーなどの現地人スタッフまでもが、僕が独立して撮影するのはあまりにリスクが大きすぎると猛反対し、結局は彼らの判断で僕の意向は否応なく却下されることになってしまった。納得のいかない僕は写 真部のボスに訴えたが、支局長の意見が優先されるのは当然のこと。昨年同様、ボスからは「クニ、従軍取材に徹しろ。。。」との命令が下ってきた。
「今回は選挙の取材に来たのであって、米軍の取材にきたのではないのに。。。」
スタッフの安全に責任のある支局長の立場は理解できないわけではないが、またもや撮りたいものが撮れないというこの状況に僕はいい加減うんざりしてきたのだった。
今回のイラク選挙取材には、ロスアンジェルス・タイムスもワシントン・ポストも自社のスタッフ・カメラマンを現地に派遣しなかった。いうまでもなく安全面 を考慮しての措置であるが、これらの新聞社は現地のカメラマンを雇ったり、通 信社の写真を使うことで毎日の紙面をまかなった。米国トップクラスの新聞社がそろって、これほど重要なニュースの取材にスタッフ・カメラマンを使わなかったことなど、恐らく今まであり得なかったことではないだろうか。これに比べれば、まだ現場に行かせてもらえただけ僕はラッキーだったともいえるが、やはり撮るべきものが撮れないのでは現場にいる意味など全然ないのだ。。。。
こんな状況であるから、ここ1年ほどイラクから報道を続ける外国人ジャーナリストはめっきりその数を減らしたし、カメラマンにいたってはいまやほとんど現地人のスタッフしか残っていない状態だ。 これはイラクの将来にとっても危機的な状況だと思う。各国のジャーナリストが現在のイラク市民の生活状況を自由に取材できなくなってしまったために、イラクから発信されてくる報道に独自性、多様性がなくなってしまった。「自爆テロが発生、XX人が死亡。。。」といった単純な事実報道ばかりが毎日のように繰り返し伝えられ、そんなニュースに感覚の麻痺した米国民をはじめ世界の人々は、「ああ、またか。。。」くらいにしか感じなくなっているのではないだろうか。現在も戦争は続き、多くの人間が命を落とし続けているというのに、アフガニスタン同様、人々はイラクのことをすでに忘れ始めている。
さらに悪いことに、現実がきちんと報道されないために、「選挙は大成功し、イラクの民主化はすすんでいる」などといったブッシュやラムズフェルドの虚言を鵜呑みにした人々が、イラク再建は成功しているなどととんだ誤解をしてしまうことだ。 イラクを忘れ始めている、という点では、ニュースの受け手に限ったことではなく、報道する側にもいえることだろう。現地にいても掘り下げた取材ができないため、同じような記事や写 真ばかりを繰り返し発信せざるを得ない。それで記者自身の熱意もだんだんと冷めていくし、編集者達もマンネリ化したイラクの記事や写 真に魅力を感じなくなってしまうのだ。
「もういまのイラクではあらたに撮れるものが何もない。。。」
イラクで取材するカメラマン仲間達の間から、こんな声を何度聞いたことだろうか。 みなイラク報道は重要だと分かっていながらも、思うように取材できないフラストレーションに身悶えしているのだ。 独自の取材ができないから、報道が画一化してしまう。世間は興味を失い、さらに報道する側の熱意も薄くなる。そんな悪循環に現在のイラク報道は陥ってしまった。 こう書いている僕自身も例外ではない。今年中にもしまたイラクを訪れる機会があるとしても、それまでに治安情勢が改善されていなければろくな写 真が撮れないのは明白だ。結局また従軍しかできないような状況であるのなら、果 たして行く価値があるかどうか。。。そのジレンマは大きい。
