「アメリカの思惑の犠牲となるイラク兵たち」
コンクリートの薄暗い廊下にイスラムの祈りの開始を告げる声が響き渡る。抑揚のきいたその滑らかな声はまるで歌声のようだ。サダム・フセイン時代に電力施設の一部として使われていたこの建物の一部屋に、数人のイラク兵が集まりアッラーへの祈りを捧げはじめた。 米軍によりキャンプ・イーグルと名付けられたこの一角には、現在300人あまりのイラク兵士たちが、数人の米兵アドバイザー達と生活をともにしている。
バグダッドから北へおよそ400キロ、イラク第3の街モズル。昨年11月にファルージャが米軍の総攻撃をうけてほぼ壊滅して以来、この街は米国に対する抵抗勢力の活動拠点のひとつとして戦闘の前線となってきた。 モズル市街の北西端に位置するこのキャンプ・イーグルで生活するのは、イラク軍第22大隊の兵士達だ。彼らのほとんどはフセイン時代のイラク軍特殊部隊の隊員である。特殊部隊といっても、ほとんどは名前ばかりで西欧の特殊部隊の兵士達と比較できるような特別 な訓練を受けているわけではなく、大体がコネや血縁関係で入隊したような者が多い。1月30日におこなわれたイラク総選挙選挙にむけた兵力増強と治安維持のために、バグダッドから投入されたこの部隊はその9割以上がバグダッドおよびその近郊の出身者達で占めらている。
投票日に予想されていた大規模なテロ事件はおこらず、とりあえずは大きな混乱もなく選挙はおこなわれたが、抵抗勢力による攻撃は現在も衰えることなく続いている。キャンプ・イーグルにも、ほとんど毎日のように砲弾が撃ち込まれ、兵士達は通 りにでる度に狙撃の危険にさらされる状況だ。僕の同行したパトロールでも、米アドバイザーとイラク兵が狙撃された。
第22大隊の兵士達の多くはシーア派のイスラム教徒で占められているが、モズル住民の多くはスンニ派だ。装甲車両ももたず武器も不足しているうえに、バグダッドでの兵舎に比べると数段落ちる劣悪な生活環境も手伝って、兵士達の不満は小さくない。
「本当は、モズルのことなんてどうでもいいと思うこともある。。。早く自分の街に戻れればいいんだ。。。」
バグダッド出身のニーモというニックネームの一人の兵士が僕に語ってくれた。逆に愛国心あらわに、
「出身地などは関係なく、一人のイラク人として、僕らは新生イラクのために戦わなくてはならないんだ」
そういう兵士もいたが、口にはださないまでも、多くの兵士達がニーモと似たような心境であるように感じられた。 イラク占領政策が泥沼化し、徴兵制復活抜きにはこれ以上の兵の増加を望めない米軍にとって、イラク軍およびイラク警察の育成は最も重要な課題である。イラク人による治安維持の制度が確立されない限り、米軍は撤退できない状況にあるからだ。しかしそのために必要なイラク軍のリーダーシップの欠如および武器、設備の不足は深刻な問題である。
一方で、本当はアメリカはずっとイラクから撤退したくないのではという推測も残る。イラクという巨大な中東の軍事拠点をアメリカがやすやすと手放そうとするはずはないし、恐らく戦後の日本に対しておこなったように、イラクの各地に安定した米軍事施設を確立するまでは撤退をおこなうつもりはないのかも知れない。キャンプ・イーグルでも、300人以上のイラク兵に対し、米軍の常勤アドバイザーはたったの3人である。これでは効果 的な訓練などおこなうことなどできやしない。アメリカは撤退に必要不可欠なイラク軍および警察の整備を故意的に遅らせているのだろうか?だとすれば、その駆け引きの駒にされているイラク軍の兵士や警察官たちにとってはそれはまさに悲劇だ。前線にたつ彼らは米兵同様テロの標的になるが、貧弱な武装により死傷する確率は米兵より遥かに多い。ニュースにならないだけで、実際には米兵よりずっと多くのイラク兵達が毎日命を落としているのだ。
アメリカには、現在のイラクの状況をつくりだしたことに対しての責任がある。それが本音でないにせよ、仮にも「イラク民衆の自由のために」などという名目をあげて開戦したからには、イラク市民の治安確保のための基盤づくりを第一におこなわなくてはならないはずだ。
「いつイラク軍は独り立ちして自分たちの国を守れると思う?」
僕の問いかけに前述の兵士ニーモはこう答えた。
「アメリカが武器と装備を十分に支給してくれたときさ。。。」
