「子供の居場所」
(ちひろ美術館・コドモシャシン展によせて 2006年3月)
アフガニスタンの路上で、盲目の兄さんの片手を引きながら物乞いをする7歳の女の子ナヒーダ。貧しくて学校にも行けず、毎日交差点で物乞いをする生活なのに、彼女の顔にはいつもにこにこと笑顔が浮かんでいた。
「写真を撮って!」バグダッドが陥落した翌日に出会った男の子は、街が戦火に燃える中、きらきらと輝く大きな眼をこれ以上できないくらいに見開いて、カメラの前に顔を突き出してきた。
そして、激しい内戦中、撃ち込まれた砲弾で失った片腕のことなど少しも気にかける様子もなく、会う度にいつも友達と庭を駆け回っていたリベリアの少女ムス。。。
紛争の地で出会ったそんな子供達の笑顔に、僕はいつも励まされてきた。
子供達は強い。彼等は僕ら大人が思っているよりもずっとタフだ。それは彼等が、自分たちの「居場所」をしっかりと確保しているからなのかも知れない。
どんなに貧しい土地を訪れても、そんな「居場所」と持った子供達の眼はいつも無邪気に輝いていた。
ところが、紛争地に比べて、物資は豊富で、ずっと多くの選択の自由のある日本において、現在の子供達はなぜか彼等の「居場所」を探しあぐねているようだ。
日本の大人達は、そんなことに気づいているだろうか?
考え過ぎ、と思われるかも知れないけれど、僕を励ましてくれるような笑顔になかなか出会うことのできない日本に帰る度、そんなことを感じてしまうのだ。
